不随意な筋の緊張が繰り返し起こる病態をジストニアという。顔面に生じるジストニアには、眼瞼痙攣と片側顔面痙攣が多い。不随意に目を閉じてしまい、すぐに開眼できないため生活に支障をきたす。(中略)
近年、これら限局性不随意運動の治療法としてボツリヌス毒素治療の有効性と安全性が確認されている。
この治療法は、約10年ほど前から欧米を中心とした諸外国で広く行われている。日本でも治験的検討が行われており、
1993年から治験が開始された"BOTOX"(乾燥ボツリヌスA型毒素製剤、アラガン社)が1996年10月に眼瞼痙攣、
2000年1月に顔面痙攣に保険承認された。(中略)
ボツリヌス毒素はボツリヌス菌によってつくられる単純蛋白で、A〜G型まである。最も安定しており、作用が強力なA型毒素が治療に用いられている。
ボツリヌスA型毒素は筋注後、神経接合部の神経終末に取り込まれ、前シナプスからのアセチルコリン放出を阻害、筋を麻痺させ筋収縮を抑える。ボツリヌス毒素治療は化学的除神経であるともいえる。効果は筋注2〜5日後より出現、2〜4週間で最大となるが、3〜4ヶ月で徐々に減弱するため再投与が必要となる。対症療法だが、反復投与を継続することで、筋痙攣が軽度になり、効果も4〜6ヶ月に延びる場合が多い。(中略)
投与量は1カ所当たり1.25〜5単位。BOTOXは1バイアル100単位なので、これを生理食塩水1mlで溶解すれば0.05mlが5単位となり、2mlで溶解すれば2.5単位に調製できる。(中略)
1回当たりの総投与量は眼瞼痙攣で45単位、顔面痙攣では原則30単位以内と定められている。(中略)
眼瞼痙攣・顔面痙攣ともに1回の治療は5〜10分程度であり、患者の負担も軽く、外来で施注できるのも大きな利点となっている。(中略)
米国をはじめ諸外国においては、眼瞼痙攣・顔面痙攣以外に、斜視、痙性斜顎、歯ぎしり、書痙、四岐のジストニア、痙攣性発声障害、尿射出筋括約筋共同困難症などの筋緊張を主体とする疾患に対してボツリヌス毒素治療が積極的に行われている(下表参照)。上下肢痙縮、脳性麻痺の小児における下肢筋拘縮、慢性頭痛に対する有効性も報告され、腋窩や手拳の多汗症の治療への応用も試みられている。
日本では、痙性斜顎が申請準備中だが、他疾患への適応拡大は今後の課題となっている。ボツリヌス治療は現在まで治療法がなく、ある意味であきらめられていた様々な病態に有効であり、即効的かつ効果が劇的なことも多く、患者にとっては福音といえる。ただし切れ味がすぐれている分、適切な治療が不可欠である。
今回承認されたボツリヌスA型毒素製剤(BOTOX)は米国からの輸入品で、生物兵器として開発された経緯があり、第三国への輸出規制商品に指定されているため、使用に際しては事前登録制による全例使用成績調査の実施が義務付けられており、承認疾患症例以外への投与は許可されていない。使用医師も講習と実技セミナー受講者に限定。(中略)
現在、本治療の可能な医療機関は全国204施設となり、ようやく国内全域で患者への投与が可能となった感がある。
Quality of Lifeの面からも、本治療により、これらの疾患で苦しむ患者が1日でも早く、その苦痛から解放されることが望まれる。
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