◆ SDについて ◆


SDの症状やこれまで行われてきた研究の歴史・治療法などを解説していきます 

  痙攣性発声障害Spasmodic Dysphonia以下SDと略は、

機能性発声障害の一つで発声時に声門が過剰に閉鎖される特発性の局所性
ジストニアの一種の運動障害です。全機能性発声障害に対するSD疾患比率は4.9%〜8.7%といわれています。

Spasmodic Dysphonia Spasmodic Dysphonia』の正確な日本語訳は「痙攣様発声障害」が正しいのですが、本HPでは少し前まで主流であった「Spastic…」の日本語訳「痙攣性…」をそのまま使用しています。これは「痙攣性発声障害」と呼んでいたものを「痙攣様発声障害」に変えてしまうことで、本HPを観た人に違う病気だと思われてしまうなどの混乱を避けるために、あえて「痙攣性…」で統一して呼称しています。

※ジストニアとは身体の筋肉が不随意に収縮し続ける結果、
筋肉がねじれたり、ゆがんでしまって自分の意思通りに動かなくなる病気です。


    首(
痙性斜頸(痙性斜頚) けいせいしゃけい
    眼(
眼瞼痙攣 がんけんけいれん
    手腕(
書痙 しょけい
  ◎咽頭
痙攣性発声障害 けいれんせいはっせいしょうがい

薬の副作用などにより
全身性ジストニアピアニスト・ギタリストなど音楽家等が職業性ジストニアを発症する場合もあります。

 
原因はいろいろな体の動きをコントロールする脳の大脳基底核に障害が起こり、そのため筋肉に意思を伝える中枢神経機能の異常をきたすものと考えられていますが、医療研究機関においても現在のところ原因ははっきりわかっていません。 




 〜【音声医学的症状の特徴】〜


痙攣性発声障害は、大きく3つのタイプに分類されます。


一つは、声帯が声を出そうとすると過度に内転してしまう内転型
(adductive type)SDといわれるものです。

     このタイプの患者さんの声は、締めつけられるような、絞り出すような特徴を持っています。

     内転型
SDは痙攣性発声障害の中では最も患者数が多いタイプです。

二つめは、外転型
(abductive type)SDとよばれ、声を出そうとすると声帯が外転してしまい、

     息漏れをおこしているような、ささやき声や失声状態になるのが特徴です。

三つめは、上の二つの症状を併せ持つ混合型
(mixed type)SDと考えられています。



内転型SDの方の発声は、呼気の流出が困難となり、あたかものどが詰まったかのような、

圧迫性・努力性の声になります。

このように不必要に力んだ発声のため、しゃべりかたはとぎれとぎれで円滑さを欠いています。

また、単語と単語あるいは文章の段階で発声がとぎれるのではなく、

ひとつの単語の中でもとぎれてしまう不自然さが、みられるのが特徴です。


     ※圧迫性・努力性の声
     Aronson(1985)は、その発声について以下のように表現しています。
       "A voice is variably squeezed, strained, choked, staccato, stuttering like jerky,granuting,groaning,

       effortful, pinched, granting, and has periodic breaks in phonation."



外転型
SDおよび混在型SDの方の発声は、会話中に不随意・不定期に、または起声とほとんど同時に突然に

失声化するといった複雑な声となって聞こえます。

例えるならば、ラジカセなどの音量を急激に0まで下げて、また元に戻した状態に似ています。

また、突然に声の障害が発生するため、自分の聴覚で自分の声の異常をとらえようとし、

何とか元の声に戻そうとするため、失声化した後の声は絞り出されたような努力性の声となり、

起声も遅れがちなのが特徴です。



上記のタイプすべての痙攣性発声障害に共通する大きな特徴として、その人の精神状態や、

発声・会話の状況によって、症状が強くなったり弱くなったりすることが挙げられます。

特に精神的に緊張した状況で症状が強くなる傾向があり、リラックスした状況では逆に症状が軽くなったり、

正常な発声である場合があります。

一般に、ひとり言や咳・笑い声は正常であることが多いとされていますが、必ずしもそうとはいえず、

症状が強くなったり弱くなったりする場面は人それぞれ異なるようで、

一概にこの状況なら大丈夫とはいえないようです。

また声の異常が、ある場面で突然思いがけなく発生するため、精神的ストレスがたまりやすく、

そのストレスがさらに緊張した状態をつくりやすくし、症状を悪くさせる傾向を作り出しています。




〜【SD呼称の歴史】〜

 痙攣性発声障害は、1871年にドイツ人医師Traubeが世界最初に報告しました。

このときの呼称は「
Die spastische Form der nervosen Heiserkeit」でした。

Traubeの最初の報告以来、痙攣性発声障害はさまざまな呼ばれかたを経て現在に至っています。

     
Aphonia spastica
     
Mogiphonia(Mogi-はギリシャ語で困難の意味)
     
Laryngeal stuttering
     
Stuttering with the vocal cords
     
Greene's aphonia
     
Inspiratory speech



痙攣性発声障害はさまざまな呼称を経て、おおむね「
Spastic dysphonia」と約一世紀の間よばれてきました。

しかし、
Aronson1973年発表の論文の中で、「Spastic」という表現は

錐体路系の障害を意味するため適当ではなく、錐体外路系の障害であるので

Spasmodic」の方が適切であると述べています。

この理由は
「Spastic」という言葉が錐体路障害のrigidityを連想させ、痙攣性発声障害のように

waxingwaningをくりかえすものは「Spasmodic」とする方が良いと考えられるためです。

現在、アメリカでは「
Spasmodic dysphonia」が一般的です。

しかし、ドイツでは「
Spastische Dysphonie」、フランスは「dysphonie spastique

と呼ばれており、まだ「
Spastic」の方が少し優勢のようです。

日本では、第二次世界大戦の前の教科書には「痙攣性失声障害」となっています。

これは、おそらくドイツ語からの直訳だろうと思われます。

最近は、どの文献においても痙攣性発声障害、あるいは痙攣性音声障害と記載されています。

また「痙攣性」が「けいれん性」と安易表記される傾向にあります。




〜【SD患者の現状とこれから】〜

 SDは、リラックスした場面では比較的楽に声が出しやすかったり、

緊張した場面では特に症状が顕著になるという特徴をもっています。

患者にとっては深刻な悩みですが、こうした症状の違いから、

周囲はもとより本人であっても症状に対する正しい理解が難しく、

また医療関係者間でもあまり知られていないのが現状です。


まずは、正確な診断が基本となります。

診断により、患者の挫折感や不安が軽減され、治療法の選択も可能になるでしょう。

また多くの患者は、診断をうけるまでに、さまざまなコミュニケーション上の失敗経験を重ねています。

実際に診断名がつけられたとしても、患者の将来に対する不安は拭い去られるものではありません。

診断、治療後も
SD患者および家族に対する十分な説明と継続的なフォローが必要とされています。




〜【現在の治療法】〜

@ 【ボツリヌストキシン(BT)注射】

 ボツリヌストキシン(
BT)は、ボツリヌス菌が作り出す毒素であり、菌そのものではありません。

「ボツリヌス菌の?毒素を?喉に注射?」と驚く方も多いと思いますが、
BTは瞼や顔の筋肉のけいれんに、

国内でも海外でも広く使われています。

BTの特徴は、

          ・注射なので時間がかからない
          ・注射をした部分だけにとどまり、身体の他の部分に広がらない
          ・
23日で効果があらわれる
          ・筋肉の緊張を緩める効果が数ヶ月間続く
          ・副作用がほとんどない

などです。

SDの症状にはとても有効で安全な薬です。

ボツリヌス菌の毒素だけを取り出して、ごく少量を声帯に注射することで、

声帯筋を麻痺させ発声時の筋収縮をおさえます。

数ヶ月間、声質は著しく改善されます。

簡単で身体への負担も少ない方法ですが、効果は数ヶ月で、あくまで対症療法です。


A 【手術】

手術の方法はいつくかありますが、その選択には医師との十分な話し合いが必要です。

現在のところ手術を施行した症例が少なく、術後数年が経っていませんので、

今後の経過報告が注目されます。


B 【音声訓練】

声帯の緊張を緩める様々な発声法が考えられています。

即効性はありませんが、注射や手術と組み合わせて症状を改善できる可能性もあります。

音声専門の言語聴覚士による症状に合った適切な指導が必要です。